大津地方裁判所 昭和50年(ワ)45号 判決 1976年1月29日
原告
川本文三
ほか一名
被告
江若交通株式会社
ほか一名
主文
一 被告らは各自
(1) 原告文三に対し金二六九万二、〇四五円および内金二四四万二、〇四五円に対する昭和四九年七月二九日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を、
(2) 原告ヨリに対し金二三九万九、六六一円と内金二一四万九、六六一円に対する前同日以降支払済に至るまで前同率の金員を、
各支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを四分し、その一を被告らの、その余を原告らの負担とする。
四 第一項は仮に執行することができる。
事実
第一申立
(原告ら)
被告らは連帯して原告ら各自に対し金一、五〇〇万円ずつを、これに対する昭和四九年七月二九日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を付して支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
(被告ら)
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
第二主張
(請求原因)
一 昭和四九年七月二七日午後五時三五分頃、滋賀県滋賀郡志賀町小野一〇一二番地先町道上の江若交通バス小野停留所附近道路上において、同停留所(今津方面行)に停車中のバス(以下北行バスと呼称)の後方を西から東へ歩行横断していた訴外川本皓一(以下皓一と略称)に、今津方面から大津方面(北から南)へ進行して来た被告三原伸運転の大型バス(以下加害バスと呼称)が衝突し、皓一は頭部外傷(脳底骨折の疑)により翌七月二八日午後零時二九分、加療中の国立療養所比良病院で死亡した。
二(一) 加害バスは、被告会社の所有する旅客乗合乗用車であつて、本件事故は右加害バスが被告会社のため運行の用に供されていた間の事故である。
(二) また、被告三原は被告会社の従業員(バス運転手)であり、本件運行は被告会社の業務に従事中のものであるが、本件事故は同人が本件現場がバス停留所であり、しかも現に対向車線に北行バスが停車中であり、横断者の存在も予測される状況であるのに、制限時速四〇粁のところ、これを超える四五粁の速度のまま通過した過失に基因する。
(三) よつて、被告会社は自賠法三条若しくは民法七一五条に因り、被告三原は民法七〇九条により、左記皓一の死亡による損害を賠償すべき責任がある。
三 損害
(一) 逸失利益
(1) 皓一は昭和二〇年五月九日生れであり、昭和四四年三月、一橋大学法学部を卒業して明治乳業株式会社に入社し、事故当時の月給は一三万一、五六一円であり、その前年一二月の賞与は三九万七、二三〇円、昭和四九年六月の賞与は三一万〇、二八〇円であつたから、一年間の給与合計は二二八万六、二四二円となる。
そこで生活費控除を四割、稼働継続期間を六五才までの三六年間として、ホフマン式により計算すると右給与収入による逸失利益の現価額は二、七八一万二、一三三円となる。
(2) 前記学歴に徴し、五六才停年時の退職金は一、三〇〇万円であり、そのホフマン式現価額は七七三万六、〇六九円である。
(3) 右合計は三、五五四万八、二〇二円であるが、自賠責保険から九八四万四、二八〇円の補てんを受けたので、その残額は二、五七〇万三、九二二円であり、原告らは皓一の父母であり、皓一には他に相続人はないから、その二分の一である一、二八五万一、九六一円ずつを相続承継した。
(二) 原告文三は葬式費用等として
お経料 二〇万円
葬儀社払 四一万三、七二〇円
納骨料 六六万九、〇〇〇円
遺体搬送費等 一五万六、六〇〇円
料理費 一九万四、二四五円
香典返し 三四万三、三四〇円
運転手チツプ 二、〇〇〇円
雑費 一五万円
の計二一二万八、九〇五円を出費し、うち二〇万円の弁済を受けたが、本訴ではその残額のうち一三五万三、三〇〇円を請求する。
(三) 慰謝料
原告ら各自四〇〇万円ずつが相当である。
(四) 以上合計
(1) 原告文三は一、八二〇万五、二六一円
(2) 原告ヨリは一、六八五万一、九六一円
であるが、原告らは原告代理人と成功報酬一割を約しているので弁護士費用として更に
(1) 原告文三は一八二万円
(2) 原告ヨリは一六八万円
の損害を生ずる。
(五) そこで、原告らは本訴においては、右合計額の内金として各自一、五〇〇万円ずつを請求する。
(答弁)
一 請求原因一は認める。但し、「歩行横断」とあるのは「足早やに歩いた」ものである。
二 同二の(一)は認め、(二)は否認する。(三)は争う。
三 同三は不知。なお、逸失利益の計算上、生活費控除は単身者の場合二分の一とし、就労可能年数は停年(五六才)までとして、ライプニツツ方式を用いるべきであり、退職金の現価は計数上五五三万一、五〇〇円となる筈である。また葬祭費は四〇万円を限度とし、慰謝料は総額六〇〇万円が相当である。
(抗弁)
一 過失相殺
本件事故は、皓一が本件道路を西から東へ横断しようとして、北行バスの直後を早足で歩いて出たところ、北から南へ走行中の被告三原運転のバスに衝突したものであるが、皓一は右の様にバスの後方から横断しようとするのに、立ち停つて反対車線の車の走行を確認することなく、そのまま渡り出したのであつて、被告三原は停車中の北行バスの後方から皓一が飛び出してくるのを約一六米手前で発見し急ブレーキを踏んだが間に合わなかつたものである。このように本件事故の発生には皓一の過失が大きく寄与しその度合の方が決定的に大きいのであるから大幅な過失相殺がなされるべきである。
二 弁済
原告ら自認の葬儀費用二〇万円のほか、遺体搬送料等一五万六、六〇〇円も被告会社において支払済である。
(抗弁の認否と反論)
一 皓一は、当然横断の予想される場所を普通に歩いて渡ろうとしたもので、足早に歩いて出たことはない。しかるに、被告三原は、制限時速を五粁も超えた四五粁のまま、徐行もせず、警笛も鳴らさないまま漫然と走行したのであるから、道交法七〇条違反を免れず、同被告の過失の方がはるかに大きい。
第三証拠〔略〕
理由
一 本件事故の発生については当事者間に争いがない。
二 成立に争いのない乙第五号証と被告三原本人の供述を総合すれば本件事故につき、被告会社が自賠法三条に基づく責任を負担することは明らかである。
三 次に原告らは本件事故は被告三原の過失に因ると主張し、被告三原はこれを争うとともに、被告らは(被告三原は予備的に)過失相殺の主張をしているので、まずこの点を判断する。
(一) 成立に争いのない甲第七号証、同じく乙第三ないし第七号証と証人山本忠雄の証言によつて成立の認められる同第九号証に証人永田雅彦の証言および被告三原本人の供述(後記措信しない部分を除く)を総合すると左の事実が認められる。
(1) 本件事故現場は志賀町中浜方向から国道小野交さ点方向にほゞ南北に通ずる町道中浜小野線の小野バス停留所前道路で歩車道の区別のない幅員約七・一米のアスフアルト舗装、平担な道路であつて、最高時速は四〇粁に制限されている。小野バス停の北行(今津方面行)停留所の反対側には、右道路と丁字型に東方今宿および国道方面へ通ずる幅員約四・三米の町道が交さしている。同バス停南行(大津方面行)停留所は右北行停留所(従つて右丁字交さ点)から約九〇米南側に設けられている。
(2) 被告三原は今津方面から大津方面へ向かう加害バスを運転して小野バス停に向かつたのであるが、その萠和邇駅で発券機の故障があつたため、四、五分の遅れを出していたので、これを取り戻す気持もあつてバス停の手前までは時速五〇粁位で進行していた。そして、前記小野バス停の北行バス停のところ、丁度前記丁字交さ点の反対側に北行のバスが停車して客扱中であるのを約二八・五米位の手前で認めてからは、時速を約四五粁に落として進行した。その直後右北行バスも発進し、北行バスが四米位進んで、加害バスの前端と北行バスの前端とが擦れ違つた時、北行バスの後端五米位の後方を皓一が手に紙袋を携えて、加害バスの進路前方へ進み出て横断しようとするのを約一六米位前方に目撃し、急ブレーキをかけて避譲しようとしたが間に合わず、約一六米位進んだ南行車線上センターラインから約〇・五米位内側のところで、同人の右側へ加害バスの右前部を激突させた。なおこの間被告三原が警音器を吹鳴した事実はない。
(3) 現場には加害バスの後輪タイヤすべり痕が九米位ずつ残されていた。
(4) 一方皓一は、右小野バス停北行停留所で前記北行バスから下車し、一旦同バスの進行方向へ進んだが、目的地へ行くには前記丁字路へ入る必要があり、ためにバスの後方から横断する方が近いと判断して停車中の北行バスの西側沿いに引返えし、北行バスの後方を約一米位の間隔を置いて右折したが、その時北行バスは発進した。しかし皓一は左方の安全を確認することなくそのまま真直ぐに横断をして、前記センターラインを越えて、〇・五米進んだところで加害バスに激突され、約一二米南西方へ飛ばされ、頭部外傷(頭底骨折の疑)のため約一九時間後に死亡したものである。
以上の事実が認められ、前掲各証拠中、右認定に反する部分はたやすく措信し難い。
被告三原は本人尋問においては、皓一を発見したのは、前認定の位置よりももつと衝突個所に近く、加害バスの前端が北行バスの中程まで進んだ位置であつたと供述するが、右は乙第三および第五号証に照らしたやすく措信し難い。もつとも乙第三号証によると、前記後輪タイヤ痕の位置は、前認定の被告三原の発見時における加害バスの後輪の接地想定位置からちようどバスの全長(一〇米)位衝突地点寄りの地点から刻されているのであるけれども、時速四五粁とすれば、発見地点で直ちにブレーキ操作にかかつたとしても、一〇米位の空走距離の生ずることは優に考えられるから、右乙第三号証のタイヤ痕の記載は前認定と矛盾するものではない。
一方原告らは皓一が左右を確めなかつたとはいえないと力説する。しかし乍ら、前認定の衝突地点から逆推してみても、被告三原が北行バスの後方に皓一を発見した時の双方の位置関係は前掲乙第三号証に示されるとおり、加害バスが衝突地点から約一六米北、皓一は衝突地点の二米位西となるのである。試みに、加害バスが時速四五粁で走つていて、急ブレーキをかけて一六米位進行する時間を逆算すれば一・五ないし二秒であつて、人の歩行速度をこれにあてはめてみてもやはり二米位となる。
ところで、加害バスと皓一の位置関係がその様なものであつたとすれば、皓一がセンターラインに達する直前、左方を見ていたならば、加害バスが一〇米ないし一二、三米位のところに四五粁位の速度で近づいているのを当然目撃し得た筈である。そうすれば何人と雖も、その直前を横断する如き愚挙に出ずる筈がないのである。しかるに皓一がためらわずに横断していたことは、同人が北行バスの発車エンジン音によつて加害バスの近接を音感的にも捉え得なかつたと同時に、視覚的にも左方へ目をやつて、これを注意することをしなかつたためと断定せざるを得ないのである。その点、証人永田雅彦の警察官に対する供述調書には、皓一が左右を確めていないことを積極的に目撃したかの如き記載があり、それが取調官の誘導ないし作偽ではないかとの点が当法廷で問題とされたのであるが、その点をしばらく措いても皓一が左右を確めたとの積極証拠も何一つなく、同人が確めたならば、通常採らないであろう行動様式を採つていること自体において、右永田供述を離れても前記認定に到達せざるを得ないのである。
(二) 前認定の事実によれば、被告三原に徐行義務違反、警音器不吹鳴の過失が存することは明らかである。即ち、本件の如く、バスの停車乗降中、その直前、直後の対向車線へ向けて横断してくる降車客のあることは、そのこと自体横断者が責められるべき事柄ではあつてもなお少くない事実でもあることは、バス運転手である同被告としては充分認識しているべき事柄であるから、本件の場合、北行バスとの擦れ違いに際しては当然制限時速以下に徐行すべきであつたのであり、それをかえつて制限時速を超えて運転していたことは許されず、またその過失が本件の一因となつていることは拒めないところであるとともに、北行バスとの擦れ違いに際し、警音器を吹鳴しなかつた点、一般的にも問題ではあるが、さらに本件の場合は前認定のとおり皓一を一六米位の前方に発見したとき、皓一はまだセンターラインを超えず、北行車線内にいたのであるから、その時直ちに警音器を吹鳴すれば、皓一がこれに気付き得て、その場で停止または後退する措置がとり得たのであつて、この点は、本件においては一つの具体的過失として捉らえられなければならない。
(三) しかし他方皓一についても、横断に際し左方を見ていないことは極めて重大な過失といわざるを得ない。前認定の様に皓一は北行バスの後方を廻つて横断しかけたのであるが、その頃北行バスも発進し出したのであるから、そのエンジン音がしていた筈である。そうだとすると、加害バスの接近音がそれにかき消されて、音感だけでは左方からの他の交通物の接近がないとの速断を許さない状況であつたのであり、この場合、横断者にとつて、左方確認義務の免責される理由は見出し難いのである。そして左方を見れば、その視界に加害バスの接近が入つた筈であり、皓一のその後の行動に全く違うものを期待し得たことは多言を要しないところである。とすれば、皓一が優秀な知能の持主であり、社会的にも右能な判断力を持つことが期待されていた青年であるだけに(甲第三、四号証)、その死の結果にかえりみれば洵に心情としては気の毒であるけれども、前記の左方確認を怠つたことの責をかえつて大きく問わない訳にはいかないのである。
(四) 右(二)、(三)の両者の過失度合を比較し、本件事故発生への寄与度を判断すると皓一が六、被告三原が四とするのが相当である。よつて、被告らは各自右責任限度において後記原告らの損害を賠償すべき義務がある。
四 賠償すべき損害の額について。
(一) 皓一の逸失利益
(1) 成立に争いのない甲第八、九号証と証人勝見正史の証言により、当時の年収は原告ら主張どおり二二八万六、二四二円と認められ、これに反する証拠はない。
そして、生活費控除については二分の一とする被告らの主張を、稼働可能年数については六五才まで三六年間とする原告らの主張を採用し、ホフマン方式で計算した事故時の現価額は、
二、二八六、二四二円×0.5×二〇・二七五(三六年係数)=二三、一七六、七七八円
となる。
被告らは停年時(五六才)以後の継続見込を争うが、その年令では通常再就職等による継続稼働は可能であり、それによる年収も、右二八才のそれを下らないものを収得し得ると考えられる(因みに成立に争いのない甲第一四号証の二によると、停年退職時の推定月給は三五万円余であり、その六割としても前記基準年収二二八万円余を上廻る二五二万円余に達する)ので、被告らの主張は採用しない。また被告らは、右計算上ライプニツツ式を用いるべき旨主張するが、当裁判所は左の理由によりホフマン式を採用する。
(イ) 中間利息控除の問題は、元来年金賠償制があるべき形態であるが、実際上の利便から一時金賠償制が採られるために起る問題であるから、将来の損害名義額から如何かる範囲のものを控除すれば、債務者に実質上の重過負担をかけないで済むか、換言すれば、債務者に将来の支払を負わしむるため現在において幾等支払わせれば足るかという観点から捉えるべきであり、債権者が現在に支払を受けた金員を如何なる方法で運用し、如何に利得するかは、これをむしろ反射的利益と捉えることもでき、しかく基本的な要因として考慮しなければならないものではない。されば、社会的に複利運用が多いにせよ、民法四一九条が単利を指すことが明らかである以上、将来の支払を現在支払つて免われるべき中間利息もなおこれを単利に止めても、強ち法律上の衡平観を失するものではない。
(ロ) とくに本件の如く、本人の将来の昇給増を見込まないで、将来各期の損害実額を把握するときは、実際上、ホフマン方式によつても不当な結果を来さない。
(ハ) 左記同旨判決例の存すること。
昭和四九年四月二三日大阪高裁(五民)・判例タイムス〔編注:原文ママ 「判例タイムズ」と思われる〕三一一号一五六頁
同年九月二七日東京高裁(五民)・判例時報七六二号二七頁
同年一〇月九日同高裁(九民)・右同七六三号四七頁
(2) 成立に争いのない甲第一四号証の一、二と前掲証人ならびに証人江間俊夫の証言によると、皓一は停年(五六才)退職時に一、三三五万三、三〇〇円の退職金の取得が見込まれ、これに反する証拠はない。
そうすると五六才から死亡時年令二九才を控除した二七年間の中間利息をホフマン方式により控除した事故時現価額は、
一三、三五三、三〇〇円×〇・四二五五三=五、六八二、二二九円
となる。(原告らの主張には計数上の誤算があるものと認める)
(3) 以上合計は二、八八五万九、〇〇七円である。
(4) 右に前認定の過失相殺を適用すると皓一の取得した損害賠償債権額はその四割の一、一五四万三、六〇二円となるが、原告らはうち九八四万四、二八〇円の自賠責保険からの補てんを自認しているので、その残額は一六九万九、三二二円となる。
(5) 成立に争いのない甲第一号証によれば、原告らは皓一の父母で右債権をその二分の一である八四万九、六六一円ずつ相続したことが認められる。
(二) 葬儀費用
原告文三請求の費目別に検討すると、原告本人ヨリの供述およびこれによつて成立の認められる左掲甲第一二の各号証によつて、左のとおりの出捐が認められる。
お経料 二〇万円(甲一二号証の一)
葬儀社払 四一万三、七二〇円(同号証の三)
納骨料 三八万三、〇〇〇円(同号証の四により墓地工事代)
料理費 八万四、二四〇円(同号証の五ないし一〇と一四)
運転手チツプを含めた雑費 一五万円(ヨリの供述)
以上合計一二三万〇、九六〇円である。
納骨料、料理費につき前認定を超える部分は立証がない。
遺体搬送費については、成立に争いのない乙第八号証により、被告会社において支払つたことが認められるので計上できず、香典返しについては香典収入の損益相殺をせずにこれを損害に計上するのは相当でない。
なお、被告らは、葬儀費用については、定額請求が相当であると主張するが、右具体的立証が尽された場合にまで、定額としなければならない理由はないと思料する。
右一二三万〇、九六〇円を前同様過失相殺し、原告の自認する二〇万円の弁済を控除すると、
一、二三〇、九六〇円0.4-二〇〇、〇〇〇円=二九二、三八四円
となる。
(三) 慰謝料
原告らの請求する慰謝料は、皓一本人の慰謝料の相続ではなく、原告ら各自の分であるから、その観点から判断する。
成立に争いのない甲第一ないし第四号証と原告ヨリ本人の供述によると、皓一は原告両名の一人息子であつて、一橋大学法学部を優秀な成績で卒業し、その後入社した明治乳業においても幹部社員候補として将来を嘱望されていた者であり、他方原告文三は現在武蔵工業大学教務課長であるが、定年を間近かにひかえ、その後は皓一による扶助と孝養を唯一の期待としていた矢先の降つて湧いた事故であることが認められ、原告ら夫婦の受けた悲しみの極めて大なることは諒解するに難くない。しかし他方、子を失う親の悲しみは押しなべて等しく、原告らが本訴で強調する様な皓一が一人息子であつたことや、所謂エリートコースに乗つた者であつたことは、これを強調したい原告らの主観的心情はよく諒解し得るも、客観的な慰謝料の算定に当り、なおそれをもつて通常の算定例と格段の開きを設けうる要因として採り上げることは、これを妥当とするに由ないのである。
この様にみてくると、原告らの場合においても、その慰謝料の基準額としては両名を併せて六〇〇万円を超え難いところ、本件ではこの損害発生に前記皓一自身の過失の寄与するところが少くない点を考慮すれば、原告ら各自につきそれぞれ一三〇万円ずつと定めるのが相当である。
(四) 以上の次第であつて、原告らの請求は、まず弁護士費用を除き原告文三については(一)ないし(三)の合計二四四万二、〇四五円、原告ヨリについては(一)(三)の合計二一四万九、六六一円の限度で認容できるので、この認容額に照らし被告らに負担さすべき弁護士費用は各自二五万円を相当とする。
四 よつて、原告らの請求は、原告文三につき二六九万二、〇四五円、原告ヨリにつき二三九万九、六六一円とそれぞれうち弁護士費用を除く部分につき皓一の死亡の日の翌日以降年五分の法定遅延損害金の支払を求める限度において理由があつて認容すべく、その余は失当として棄却すべきものであるから、民訴法八九条、九二条、九三条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 潮久郎)